ここに紹介した枝折(栞)は、和紙、木片、竹などを素材にしたもので、利用者が使いやすいように使ったものであり、本来、栞ではないものが代用品として使われたことも多々あったに違いない。
 字突(じつき。「字策」とも書く)は、右の挿絵のように手習師匠が読み書きを教える場合や、一人で読書する場合などに使ったもので、そのまま枝折としても使えた。最初は単なる棒だと思っていたが、この棒が字突と気付いてからは大切に保存するようにしている。なお、手元にある江戸時代の漢籍入門書である『経典余師(小学之部)』凡例には、読書法のポイントとして次のように記す。
 扨、字策(じつき)を以て、一字づつ字を撞(つき)てよむべし。「天」とよむうちは「天」の字を撞、「明を」とよむうちは「明」の字をつきて動(うごく)べからず。「則(のっとり)」と「の」の声にうつる時に、「則」の字をつくなり。一字の訓(よみ)をとなへやむまでは、次の字へうつるべからず。読法にある間のかな(=送り仮名)は、上の文字につけてよむべきものと心得べし。

■サイズは、右の「千両の金(こがね)を積むと雖(いえど)も」と記された枝折が長さ約11cm、左端の一番長い字突が約22㎝である。なお、フグの枝折には中に和紙を少し入れて腹の部分を膨らませてあり、芸が細かい。


*本記事では全て「枝折」と表記していますが、「栞」の方が一般的でしょう (作り上げてしまってから気付いたため、ここでお断りしておきます)。

●枝折の由来
 
茅原(ちはら)虚斎著 『茅窓(窗+心)漫録』(文政12年序、天保4年刊)には、次のような記事がある。
  ○枝折
 文房の具、書紙の間にはさみおく枝折は、近歳の物にて、黄門義公始て製したまひ、大内へ献ぜらる。後水尾帝、枝折の名を付たまひ、『新古今集』に載たる西行の歌を書つけたまふ(寸法あり)。
  吉野山こぞの枝折の道かへて まだ見ぬかたの花を尋ねて
 枝折といふは、標折(シメヲル)の義にて、一字にては「栞」の字も「しをり」と訓ず。 (中略) 山に入に、木の枝を折かけて道の標(シルシ)となすをいふ。此意を取て、今の枝折といふ物は出来たり。